はじめまして

堺の再発見に出発  

 私の両親ともに、さかいで生まれ育ちました。もちろん私もですし、両親以前もそうだったようです。そんなことから、古くからの堺のことについての話を聞いて育ちました。

 大人になって堺のことについて調べると、出るわ出るわ。何気なく見ていた仁徳天皇陵の大きさ、歴史性、私が卒業した熊野小学校に明治天皇が参観に来られ、その時の建物が残されていること、幼稚園や小学校から行った大浜にあった水族館ができた当時、東洋一の規模だったこと、織田信長が堺を手に入れようと、2万貫の矢銭(軍資金)を要求してきたこと、堺に来たポルトガルの宣教師が、堺の町を「東洋のベニス」(実際は「日本のベニス」)という手紙を本国に送ったこと等々、書き出せば切りがありません。

 いつの間にか、このような堺の町を誇りに思うようになっていました。そして、茶道を大成された千利休も堺の生まれ、東大寺の大仏を造るのに一役買った僧行基も堺の生まれときては、もう鼻高々です。

 しかし、堺市内をウォーキングすればするほど、私の知らない堺の歴史がどんどん見えてきました。たまたま堺の児童文芸誌「はとぶえ」への連載の機会が与えられたので、そこに書き出しまとめることにしました。この連載を中心にしてサイトでも発信する機会をつくりました。堺にかかわる歴史はまだまだ発見できそうです。私といっしょに堺の歴史の再発見に出かけましょう。

 なお、まだまだ未熟な者ですので、掲載中の中身については、不十分なところや勘違いをしているところもあるものと思います。どうか寛大なお心で間違いなどのご指摘をいただければ幸いです。

土肥 俊夫