118 すずめおど

すずめ踊り顕彰碑:堺市中之町公園

 今回は中之町公園に行きましょう。この公園は、阪堺電車の「寺地町」停留所ていりゅうじょから西に四本目の広い道を北の方に少し歩いたところにあります。そこには、写真の顕彰けんしょうが立てられています。「堺の石工いしくとすずめ踊り」と書かれています。石工とは、昔から石をあつかって城の石垣いしがきや石のはしなどをきずいていた人たちのことです。この石工とすずめ踊りとは、どのようなかかわりがあるのでしょう。

 伊達藩だてはん(現在の仙台せんだい)の城を築くさいに、その石垣を築くための石工を堺からよびました。1603年に仙台城は完成しましたが、その宴会えんかいで石工たちは殿様とのさまの伊達政宗まさむねの前でお酒をみ、うかれて踊りました。この踊りは「はねっこ踊り」といいます。

堺すずめ踊りの祭典

 石工たちはその後、仙台城に「石切いしきりちょう」をつくって住んでいました。その子孫しそんたちにより、昭和36年(1961)に、この踊りが復活ふっかつされました。石工たちがはねて踊る姿すがたが、まるですずめがえさをついばむのにており、また伊達家の家紋かもんが「竹にすずめ」であったことから、この踊りを「すずめ踊り」と名付けられたとのことです。

 

 現在堺市内には、このすずめ踊りを踊るまつれんが十ほどもあります。両手に扇子せんすを持ってひざを少し曲げて踊る姿は同じなのですが、それぞれの祭り連によって踊り方がちがい、工夫されています。堺すずめ踊りの人たちは毎年堺まつりに参加さんかされたり、仙台の青葉あおばまつりに参加されたりしています。また各地でのもよおしでも公演こうえんをおこなっています。

 この堺の石工たちが住んでいたところが、当時「石切町」と呼ばれていたところで、現在げんざい寺地町てらじちょう西にしにあたることから、この場所に顕彰碑が立てられたようです。

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