
今回は中之町公園に行きましょう。この公園は、阪堺電車の「寺地町」停留所から西に四本目の広い道を北の方に少し歩いたところにあります。そこには、写真の顕彰碑が立てられています。「堺の石工とすずめ踊り」と書かれています。石工とは、昔から石をあつかって城の石垣や石の橋などを築いていた人たちのことです。この石工とすずめ踊りとは、どのようなかかわりがあるのでしょう。
伊達藩(現在の仙台)の城を築く際に、その石垣を築くための石工を堺からよびました。1603年に仙台城は完成しましたが、その宴会で石工たちは殿様の伊達政宗の前でお酒を飲み、うかれて踊りました。この踊りは「はねっこ踊り」といいます。

石工たちはその後、仙台城下に「石切町」をつくって住んでいました。その子孫たちにより、昭和36年(1961)に、この踊りが復活されました。石工たちがはねて踊る姿が、まるですずめがえさをついばむのに似ており、また伊達家の家紋が「竹にすずめ」であったことから、この踊りを「すずめ踊り」と名付けられたとのことです。
現在堺市内には、このすずめ踊りを踊る祭り連が十ほどもあります。両手に扇子を持ってひざを少し曲げて踊る姿は同じなのですが、それぞれの祭り連によって踊り方が違い、工夫されています。堺すずめ踊りの人たちは毎年堺まつりに参加されたり、仙台の青葉まつりに参加されたりしています。また各地での催しでも公演をおこなっています。
この堺の石工たちが住んでいたところが、当時「石切町」と呼ばれていたところで、現在は寺地町西にあたることから、この場所に顕彰碑が立てられたようです。
