63 宿院しゅくいん・住吉すみよし大社たいしゃ頓宮とんぐう

両大社頓宮

 阪堺電車「宿院」ていりゅう所から、フェニックス通りを東に少し歩くと、フェニックス通りの南寄りに「旧宿院跡あと」という石碑せきひと「住吉 大鳥両大社頓宮」という石碑が見えてきます。「道ばたではなくてこんな道路の中になぜ」と思われるかもしれません。また、そもそも「『宿院』て何?」と思われたかもしれません。今回は、この二つの疑問ぎもんについて書いていきましょう。

 この「住吉 大鳥両大社頓宮」の碑の前には「宿院頓宮」があります。頓宮というのは一時的に神様かみさまが休まれるところという意味です。この「宿院頓宮」は住吉大社の御旅所おたびしょともいわれているところで、年に一度、7月31日から8月1日に、住吉大社の神様がみこしに乗のって大和川をわたり、この頓宮にこられて、休まれるところだったのです。この行事を「おわたり」といいます。

旧宿院跡

 いつごろから御旅所が堺のこの場所におかれたのかは分かりません。第二次だいにじ世界せかい大戦後たいせんごにフェニックス通りが大きく拡ひろげられたために、この頓宮の境内けいだいを横切ることになり、境内は一挙いっきょに六分の一にまでせばめられてしまいました。そのため、石碑はもとにあった通りの中に建てられることになったのです。そして、この住吉大社の神様が頓宮まで旅をされてきて宿にするところが「宿しゅく居い」とよばれて、それが「宿院」となったようです。

 この頓宮の境内に「飯いい匙がい堀ぼり」とよばれる堀ほりがあります。堀が、ご飯はんを食べる時のさじに似にた形をしているのでそうよばれているのです。ここは、海うみ幸彦さちひこ、山幸彦の話に出てくる潮干しおひ珠たまをうめたところといわれていて、雨がいくらふっても水がたまらないそうです。

 また、明治時代になって、大鳥大社からもこの頓宮におわたりをするようになり、現在は、7月31日に大鳥大社から、8月1日には住吉大社からのおわたりがおこなわれるようになりました。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です