東陶器小校区の史跡

 

堺市立東陶器小学校

〒599-8242   大阪府堺市中区陶器北2556                        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.すえ荒田あらた神社:上之

 この神社は崇神天皇の時代に開かれたようです。またこのあたりで須恵器がつくられていたので「陶邑すえむら」と呼んでいました。このあたりを治めていた荒田直が祖先の神様を祀ったことから、陶荒田神社と呼ばれるようになりました。

 

※1958年:陶荒田神社

2.兒山家住宅:陶器北

 中世にまでさかのぼる旧家で、家業は施薬でした。江戸時代を通して大庄屋を、 さらに小山藩の代官までつとめておられます。建物は江戸時代後期の住宅で、数少ない豪農の住宅です。入母屋造りを重ねた本瓦葺きの屋根で、煙り出しまである重厚なつくりです。

 なお、ご家族がお住まいですので、ご留意ください。

3.陶器城址:陶器北

 鎌倉時代の終わり頃、北条氏の家臣陶器左衛門尉の居城でしたが、1333年に楠木正成一族に滅ぼされました。1351年には、南朝方の和田助氏と助重が北朝方の拠る陶器城を攻めています。それ以降の歴史については不明です。現在は、東陶器公園になっています。

 

4.地名「上之」「北村」「かくれ

 陶荒田神社の上にある村だったので「上之」と言います。

 陶荒田神社の北側に村があったので「北村」と言います。

 江戸時代の地図に「金剛山隠」と地名が出ています。この地にあった大きな松の木のために金剛山が見えなかったので「隠」と言います。

 


5.興源寺:福田

 奈良時代に行基が開いたと伝えられている寺院で、本尊は、大日如来の不動使者として童子形にあらわされた小不動明王像です。1279年につくらたとする墨書が内面から発見されており、堺市の指定有形文化財です。



 

 

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