120 堺市民の木・ヤナギ

 堺市役所の北側の通りが、大小路筋おおしょうじすじです。この通りは南海なんかい本線ほんせんさかいえきまでつづきます。かつては、この通りの両側にずっとヤナギの木がえられていました。ヤナギの並木なみきみちだったのです。このヤナギの並木から堺市民の木がヤナギにえらばれたのです。大小路筋がシンボルロードになったときに、ヤナギがなくなってしまいました。ただ、元の大小路橋の東側に一部のこされています(写真)。

H20大小路筋のヤナギ

 第二次だいにじ世界せかい大戦たいせん(1941~1945年)の前から、大小路筋は堺市のメインストリートでした。現在ほど広くはなく、ようやくバス1台がギリギリですれちがえられるほどの広さでした。そして当時(昭和19年まで)の堺市さかいし役所やくしょは現在の殿との馬場ばば中学校ちゅうがっこうのところにありました。この殿馬場の地に大きなヤナギが道の両側に植えられていたのです。

 また、大道筋だいどうすじから大小路おおしょうじばしまでの大小路筋は、昭和7年(1932)にアスファルトがかれるまでヤナギの並木道でした。ヤナギのある街がとてもよかったので、戦争後せんそうごも市役所の前の大小路筋に、ヤナギが植えられていたのかもしれません。

 ところでヤナギといえば、年配ねんぱいの人たちは東京の銀座ぎんざのヤナギを思いこすかもしれません。この銀座のヤナギは明治めいじ10年(1877)に植えられたようです。江戸(現在の東京)に行った堺の商人しょうにんが、堺の町をなつかしんでヤナギを銀座に植えたともいわれていますが、ほんとうのところは分かりません。江戸時代に堺におかれた「銀座」が、東京である江戸におかれたことなどから、堺のヤナギが植えられたということが 言われたのかもしれません。

 いずれにしろ、堺の市民は、堺市民の木としてヤナギを選び、ヤナギにほこりをもっていたのです。

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