東浅香山小校区の史跡


堺市立東浅香山小学校

〒591-8042 大阪府堺市北区大豆塚町1-60

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1.浅香山稲荷:大豆塚町

 昔の大和川は、生駒山の南から大阪府に入った後、北上して河内平野を流れ淀川に合流していました。河内平野はもとも と低い土地だったので、大雨が上流で降ると河内平野でよく洪水を起こしました。そこで幕府は大和川の付け替え工事を命じましたが、浅香山を何度掘っても土が埋まってしまいます。狐塚を避けて掘ると無事に掘り進めることができたので、この狐塚のところに神殿を建てて「浅香山稲荷」としたということです。また、狐塚にお願いをしたところ、狐たちが人夫になって働いたので、川がスムーズに通ったとも言われています。

2.長尾街道

 竹内街道に並行して整備された街道で、古くは「大津道」と呼ばれました。難波と飛鳥とを結ぶ官道で、大和川と石川の合流地点を「大津」と呼ばれていたことによる命名のようです。

 


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