91 与謝野よさの晶子あきこ歌碑かひ

 今回は、堺市内にある与謝野晶子の他の歌碑をみていきましょう。

 まずは、堺さかい中央ちゅうおう図書館前としょかんまえの歌碑です。

 「堺の津つ 南蛮なんばん船せんの 行きかへば
                                春秋しゅんじゅういかに 入りまじりけむ」

図書館前

 会合かいごう衆しゅうの自治じちによって治められ、南蛮なんばん貿易ぼうえきの湊みなととしてにぎわった堺の歴史れきしにはさまざまな出来事できごとがあったでしょう、と歌ったものです。昭和5年に完成かんせいされた「堺市史さかいしし」を祝って、晶子から送られた歌です。晶子にとって堺の街まちや堺の歴史は忘わすれられないものだったのかもしれません。

 もう一つ、西本願寺にしほんがんじ堺さかい別院べついんにおかれた歌碑です。

 「劫ごう初しょより 作りいとなむ 殿堂でんどうに
                              われも黄金こがねの 釘くぎ一つ打つ」

西本願寺堺別院

 この世の初めからずっと築きずきあげられてきた芸術げいじゅつや文学の殿堂に、私も輝かがやかしい黄金の釘をしっかり打ち込みました、と歌っています。昭和42年のNHKのドラマで与謝野晶子を主人公とした「みだれ髪がみ」が放送されました。それを記念して、そして夫の与謝野鉄幹の父が西本願寺派の僧そうだったことら、西本願寺堺別院に晶子のこの歌碑が建たてられたのです。

 その他にも、

 「山の動く日きたる、
                    かくいへど、人これを信ぜじ・・・・」

2012.5少林寺小

の歌をほり込んだ、堺さかい女子じょし短期たんき大学だいがく内の歌碑や

 「をおとうとは おかしおどけし 紅あかきほに
           涙なみだ流ながして 笛ふえならうさま」

の少林寺しょうりんじ小学校前の歌碑など、堺市内で24もの歌碑や与謝野晶子の像ぞうがあります。一つ一つ見て回ると、与謝野晶子の素晴すばらしさに心を打たれるかもしれません。

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